鹿児島アートギャラリープロジェクト

     ギャラリー彩 「現在地」展

 

 広々とした空間として紹介されている「ギャラリー彩」の中に、松陽高校OBの6人の作品が空間のイメージを壊さぬまま展示してあった。

まず目にしたのは、中央に展示してあった、彫刻(粘土)である。タイトルは「きせいせいせき」。ランドセルをからったおかっぱ姿の少女。首を出しているだけだったかもしれないが、とにかく顔がしゃくれている印象を受けた。そしてスカートが短く、そこからのびる太い太もも。身長的にも頭が大きいなと思った。そしてその少女の周りには人間の顔が。その人間達の口からたまに白いものが出てきたりしていた。

どうやら「人間の本能と理性」を表しているらしかった。

そばにメモのように殴り書きで書かれた筆者直筆による作品の説明書。実に深さを感じた作品だった。

次に目に付いたのはモノクロで書かれた人の影。よく見たら、油彩画であった。電車の中で人々は電車を降りようと並んでるのだろうか、そのような風景を頭に浮かべた。「遠長」という作品だった。

次に目に付いたのは鉛筆のような軽いタッチで描かれた「霧の毎日」という連作。4作品ほどあり、どれも「駅」をテーマとしているようであった。黒の部分に濃い薄いがなく、ただ黒と白がある。その技術にとても感動を覚えた。

作者の技術の高さを思わせる作品であったと思う。

次に目に付いたのは「相」という様々な年齢層の人の横顔の作品。人物クロッキーというものだった。その人物達一つ一つにそれぞれの手相を上から作品と喧嘩しないよう絶妙な濃さで貼り付けてあった。気付かないほどである。1つの人の肌の模様のように感じ、それによって作品への立体感を感じた。

別々に見ても、1つのものとして見ても大変趣深い作品であった。

 ★「春山 恵理さんの作品」について

「現在地」展中央部・「きせいせいせき」の少し手前に、この展示会を開いた首謀者達6人の展示できなかった作品の数々が写真に撮られ、アルバムとしてまとめて展示されていた。

その中で気になったのが、「春山 恵理」さんの作品だった。

彼女は2003年、松陽高校美術科に入学。翌年、コンクールで「希望」というタイトルで入選したほどの凄い腕の持ち主。

現在大学に在学中である彼女の作品の中に、「1時間目からおなかが減ってしまった日」というユニークな題名を持つ作品が一際目立った。

見ると、2004年に描かれた油彩画の作品であった。

真ん中に松陽高校の制服を着た少女が大きく口を開けている様子。そしてまわりにはバナナやカルピスウォーター、ソフトクリームやりんごとなって授業を受けている生徒達が描かれていた。

実に面白い発想だなぁと思った。凄い、と感動した。

おなかがすいている=周りが皆食べ物に見える、という発想が本当にいいなと思った。

2004年。つまり、彼女が高校2年生のときに描いた作品ということになる。

つまりこのような面白い発想は、私にももしかしたら出来るかもしれないのだ。

まだ現時点では作品を1度も出していない立場にあるが、1作品でも出して、このような面白い発想をした油彩画が近いうちに出来ればと強く思った作品だった。

 

今でも目に焼き付いているほど印象が強い作品だった。


 
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